26. 日本の産業革命と近代文化
日清・日露戦争を経て、日本は軍事だけでなく「産業」の面でも大きな転換期を迎えました。欧米のような機械工業が発達する「産業革命」が起こり、それと同時に新しい芸術や科学技術が花開きました。今回は、日本の近代経済の基礎となった産業革命の進展と公害問題、そして近代日本の文化の担い手たちを解説します!
1. 日本の産業革命(軽工業から重工業へ)
19世紀の末から20世紀の初めにかけて、日本国内に工場制機械工業が急速に広がり、資本主義の基礎がつくられました(産業革命)。
① 軽工業の発展(1890年代〜)
日本はまず、比較的簡単な技術で始められる繊維産業から工業化を進めました。綿糸をつむぐ紡績業(ぼうせきぎょう)や、カイコの繭から生糸をつくる製糸業(せいしぎょう)が盛んになり、1890年代には綿糸の輸出量が輸入量を追い抜きました。特に生糸は、日本最大の輸出製品となり、貴重な外貨(外国のお金)を稼ぎ出しました。
② 重工業の発展と八幡製鉄所(1901年操業)
日清戦争で獲得した2億両(テール)の賠償金の一部をつぎ込み、政府は福岡県に官営の八幡製鉄所(やはたせいてつじょ)を建設しました。1901年に操業を開始し、筑豊炭田の石炭と、中国(清)から輸入した鉄鉱石を原料にして、鉄鋼の国内自給を達成しました。これにより、日本の重工業(造船、製鉄、兵器製造など)が一気に発達しました。
図1:日清戦争の賠償金を元手に福岡県に建てられた官営「八幡製鉄所」のイメージ
2. 産業発展の光と影(公害問題と田中正造)
急激な工業化は日本を豊かにしましたが、その一方で深刻な労働環境の悪化や「公害」という社会問題を引き起こしました。
① 足尾銅山鉱毒事件(あしおどうざんこうどくじけん)
栃木県(渡良瀬川上流)の足尾銅山から出た有毒な銅を含む排水などが渡良瀬川に流れ込み、下流の農地を荒らし、多くの人々の健康被害に苦しみました。日本初の本格的な大公害事件です。
地元選出の衆議院議員であった田中正造(たなかしょうぞう)は、私財と一生を投げ打って被害農民の救済と鉱毒の差し止めを国会で訴え続けました。1901年には、明治天皇に直接訴状を手渡す「直訴(じきそ)」を試みるなど、命がけで公害撲滅をアピールしました。
図2:鉱毒の被害に苦しむ農民たちのために命がけで天皇への直訴を試みた「田中正造」のイメージ
3. 近代文学と科学・芸術の開花
明治時代、西洋の技術や感性と、日本の伝統的な精神が融合し、世界レベルの文学や科学研究が生まれました。
① 世界をリードした近代科学
- 野口英世(のぐちひでよ):黄熱病(おうねつびょう)や狂犬病などの病原体を研究し、アフリカのガーナで自身も黄熱病に罹って亡くなるまで研究を続けました(現在の千円札の肖像)。
- 北里柴三郎(きたさとしばさぶろう):破傷風の治療法(血清療法)を開発し、ペスト菌を発見しました。
- 志賀潔(しがきよし):赤痢(せきり)の病原体である赤痢菌を発見しました。
② 個性豊かな近代文学
- 夏目漱石(なつめそうせき):『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』など、西洋化していく日本の中で悩む人間の心理をユーモアと鋭い視点で描き、国民的作家となりました。
- 森鴎外(もりおうがい):軍医としてドイツに留学した経験をもとに、小説『舞姫』などを著し、夏目漱石と並び文学界の双璧とされました。
- 樋口一葉(ひぐちいちよう):『たけくらべ』『にごりえ』など。短い生涯の中で、明治の庶民の哀歓や女性の自立の苦しさを美しい文章で描き、近代初の女性プロ小説家となりました(現在の五千円札の肖像)。
🔥 この単元のテスト対策・暗記のコツ
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八幡製鉄所の3大ポイント(記述頻出!):
・1901年に操業開始。
・建設の資金源は日清戦争の賠償金。
・建設地が福岡県(九州)である理由は、「筑豊炭田の石炭を利用しやすく、中国(清)から鉄鉱石を輸入するのに近くて便利だったから」。この立地理由は100%記述で聞かれます! -
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足尾銅山鉱毒事件のセット暗記:
・事件名は足尾銅山鉱毒事件、川の名前は渡良瀬川、闘った人物は田中正造。この3つのキーワードは必ずセットで記述できるようにしておきましょう。 -
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近代文学・科学の人物と業績(一問一答で得点アップ!):
・野口英世:黄熱病の研究
・北里柴三郎:破傷風の血清療法、ペスト菌発見
・夏目漱石:『吾輩は猫である』『こころ』
・樋口一葉:『たけくらべ』(五千円札の肖像)