20. 新しい学問の誕生と化政文化
江戸時代も後半に入ると、人々の知的な要求が高まり、西洋の高度な科学技術を学ぶ「蘭学」や、日本のルーツを探る「国学」といった新しい学問が誕生しました。また、文化の中心が江戸へと移り、皮肉やユーモアにあふれる庶民の文化が栄えました。今回は、新しい学問や文化の開花と、幕府の終わりの足音が聞こえてくる「天保の改革」を解説します!
1. 新しい学問の誕生(蘭学・国学・科学技術)
鎖国下であっても、長崎の出島を通じてオランダから入ってくる西洋の書物は、日本の知識人たちに決定的な影響を与えました。
① 蘭学(らんがく)の大成と『解体新書』
オランダ語を通じて西洋の医学、天文学、物理学などを学ぶ学問を蘭学(らんがく)と呼びます。医師の杉田玄白(すぎたげんぱく)や前野良沢(まえのりょうたく)らは、オランダの解剖書を苦心して翻訳し、1774年に日本初の本格的な西洋翻訳医学書である『解体新書(かいたいしんしょ)』を出版しました。これにより、日本の医学は一気に近代化へ進みました。
② 国学(こくがく)の誕生と本居宣長
仏教や儒教など、中国から伝わってきた思想に頼るのではなく、日本古代の書物を研究して、日本独自の精神や道徳を明らかにしようとする学問を国学(こくがく)と呼びます。本居宣長(もとおりのりなが)は、30年以上かけて日本の最古の神話・歴史書である『古事記』を研究し、大著『古事記伝(こじきでん)』を完成させて国学を大成しました。この思想は、のちに天皇を敬う「尊王思想(そんのうしそう)」と結びつき、幕末の志士たちに受け継がれました。
③ 正確な日本地図の作成
伊能忠敬(いのうただたか)は、50歳を過ぎてから本格的な測量技術を学び、なんと約17年間かけて日本全国の沿岸を実際に歩いて測量しました。その結果、現代の衛星写真と比べてもほとんど誤差がない極めて正確な日本地図(『大日本沿海輿地全図』)を作り上げ、世界を驚かせました。
図1:杉田玄白らが西洋医学の解剖書を翻訳して出版した『解体新書』のイメージ
2. 江戸の庶民が主役の「化政文化(かせいぶんか)」
19世紀の初め(江戸時代後半)、文化の中心は上方(大坂・京都)から江戸へと移りました。将軍の徳川家斉(いえなり)ののんびりとした政治の裏で、江戸の庶民(町人)の遊び心や、政治に対する皮肉やパロディ精神を反映した、人間味あふれる化政文化(かせいぶんか)が最盛期を迎えました。
① 浮世絵(うきよえ)の風景画が大流行
- 葛飾北斎(かつしかほくさい):『富嶽三十六景(ふがくさんじゅうろっけい)』など。富士山を様々な場所・角度からダイナミックに描きました。
- 歌川広重(うたがわひろしげ):『東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ)』など。旅の途中の雨や風、人々の様子を情緒豊かに描きました。
- 東洲斎写楽(とうしゅうさいしゃらく):役者の顔をクローズアップし、特徴を大げさにデフォルメして描いたユニークな役者絵で有名です。
② 庶民の娯楽文学と俳諧
- 十返舎一九(じっぱしゃいっく)の『東海道中膝栗毛』:弥次さん・喜多さんが旅で繰り広げる笑い話を描いた滑稽本。
- 小林一茶(こばやしいっさ):すずめやカエルなど身近な生き物を愛しみ、庶民の素朴な感情を詠んだ俳句(「やせ蛙 負けるな一茶 これにあり」など)。
図2:ダイナミックな波と富士山を描いた葛飾北斎『富嶽三十六景』のイメージ
3. 社会の動揺と「天保の改革(てんぽうのかいかく)」
1830年代になると、冷害による「天保の大飢饉」が発生し、全国の農村で餓死者が相次ぎました。世の中が乱れる中、幕府の土台を大きく揺るがす大事件が発生します。
① 大塩平八郎の乱(1837年)
1837年、大坂で、飢えに苦しむ庶民を救うために武装蜂起した人物がいました。それが、元・幕府の警察役人(与力)であり陽明学者でもあった大塩平八郎(おおしおへいはちろう)です。天下の台所である大坂で、しかも「身分の高い元・幕府の役人」が反乱を起こしたことは、幕府に対して「もう支配も限界なのではないか」と強烈なショックを与え、全国に同様の反乱が広まるきっかけとなりました。
② 水野忠邦による「天保の改革(1841年〜)」
幕府の危機に対し、老中の水野忠邦(みずのただくに)は、幕府の権力を強固にするための改革を行いました。しかし、この改革は時代遅れで強引すぎたため、わずか2年で大失敗に終わりました。
- 株仲間の解散:物価が高騰した原因は、株仲間の独占販売のせいだと考え、株仲間を解散させました。しかし、かえって流通ルートがバラバラになり、さらに物価が高騰する大混乱を招きました。
- 人返しの法:江戸に働きに出ていた農民を無理やり農村へ戻し、農業に専念させようとしました。
- 上知令(じょうちれい):江戸や大坂の周辺にある大名や旗本の領地を、幕府の直轄領(直接支配地)にしようとしました。しかし、大名や旗本、領民からの激しい反対を受け、撤回せざるを得なくなり、忠邦は失脚しました。
🔥 この単元のテスト対策・暗記のコツ
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学問の代表作と人物の区別:
・オランダ医学書の翻訳 ➔ 杉田玄白の『解体新書』
・古事記の研究(国学) ➔ 本居宣長の『古事記伝』
・日本地図の測量 ➔ 伊能忠敬。この3つの区別は基本中の基本です! -
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浮世絵と作者のペア(絶対暗記!):
・葛飾北斎 ➔ 『富嶽三十六景』(富士山・大波)
・歌川広重 ➔ 『東海道五十三次』(雨や風、旅人の姿)
・東洲斎写楽 ➔ 役者のデフォルメされた顔!
・化政文化の特徴は、「江戸を中心に、庶民のエネルギーを反映し、皮肉やユーモアを含んでいること」です。 -
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大塩平八郎の乱(1837年)と天保の改革の失敗(1841年):
・大塩の乱の意義:「元・幕府の役人が、大坂で反乱を起こしたため幕府に大打撃となった」
・天保の改革の失敗原因:「物価を下げるために株仲間を解散させたが、かえって物価高騰と流通の混乱を招いたため」という記述問題が定番です。